命題1-4

もし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しく、その等しい二辺にはさまれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう。

二つの三角形ΑΒΓ、ΔΕΖを、二辺ΑΒ、ΑΓが二辺ΔΕ、ΔΖにそれぞれ等しく、かつ角ΒΑΓが角ΕΔΖに等しいとせよ。底辺ΒΓは底辺ΕΖに等しく、三角形ΑΒΓは三角形ΔΕΖに等しく、残りの角は残りの角に、等しい辺が対する角はそれぞれ等しい、すなわち角ΑΒΓは角ΔΕΖに、角ΑΓΒは角ΔΖΕに等しいであろう。

概要

三角形の合同条件のひとつ、二辺狭角相等(二辺とその間の角がそれぞれ等しい)である。原題であれば「合同」と一言書けば済むことを、ここでは「底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、~」と長々しく書かれている。どうやら当時はまだ合同という概念が曖昧で、二つの図形が全く同じ形であることを言うには、このような言い方をする必要があったようだ。
なお、途中の「三角形は三角形に等しく」とは、面積が等しいことを主張している。

ちなみに、「底辺(βάσις)」という語は「定義」のページには登場していない。ユークリッドはあまりに一般的な用語は定義し忘れていることがある。なお、この語は必ずしも「一番下の辺」を指すとは限らず、「すでに二辺が指定されている場合の、残りの辺」を指す場合もある。

証明

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二つの三角形ΑΒΓ、ΔΕΖがあり、辺ΑΒが辺ΔΕに、辺ΑΓが辺ΔΖにそれぞれ等しく、角ΒΑΓが角ΕΔΖに等しいとする。

三角形ΑΒΓを三角形ΔΕΖに重ねるとしよう。点Αが点Δにおかれ、線分ΑΒが線分ΔΕにおかれれば、ΑΒはΔΕに等しいから、点Βも点Εに重なるであろう[公理7]。またΑΒがΔΕに重なるとき、角ΒΑΓは角ΕΔΖに等しいので、線分ΑΓも線分ΔΖに重なるであろう[公理7]。そして線分ΑΓは線分ΔΖに等しいから、点Γも点Ζに重なるであろう[公理7]。

公理7は「互いに重なり合うものは互いに等しい」であるが、ここでは「互いに等しいものは互いに重なる」として使われている。論理的には正しくない。詳細は後述。

これで点Βが点Εに、点Γが点Ζに重なったので、底辺ΒΓも底辺ΕΖに重なるであろう。なぜなら、もし重ならないとすると、二点Ε、Ζを通る線分が二本存在し、二線分が面積を囲むことになってしまうからである。しかしこれは不可能である[公理9]。ゆえに、底辺ΒΓは底辺ΕΖに重なり、等しくなるであろう[公理7]。そして残りの角も残りの角に重なり、それと等しくなるであろう[公理7]。

よってもし二つの三角形が二辺が二辺にそれぞれ等しく、その等しい二辺にはさまれる角が等しいならば、底辺は底辺に等しく、三角形は三角形に等しく、残りの二角は残りの二角に、すなわち等しい辺が対する角はそれぞれ等しいであろう。これが証明すべきことであった。

感想・独自研究

四番目の命題にして、初めての「定理」である。これまでの三つは「作図題」と呼ばれる。作図の方法を示すものであったからだ。特に区別して呼ぶ必要はないのだが、必要のあるときはこのように「定理」「作図題」と呼び分ける。

うまく言語化できないが、なんとなく独特な証明だと感じる。『原論』の他の証明と比較しても、明瞭さに欠ける気がする。「重なる/重ならない」という表現が、現代の数学ではあまり使われないからだろうか? 『原論』の中でも、他の命題であまりこのような表現は出てこない。図形の合同という概念が曖昧だったがために、どこかふわふわした証明になってしまったのだろうか。

一応、この「重なる」という考え方は、これまでの命題1-2と1-3で保障されている、と解釈されている。与えられた線分に等しい線分を他の場所に引いたり、線分を切り取ったりする操作が、この二つの命題で正当化されているからだ。

証明の途中で注釈を入れた。本命題の証明で、ユークリッドは「互いに等しい線分は互いに重なる」という命題を用いているが、実はこれは公理にもこれまでの命題にも存在しない。公理7は「互いに重なるものは互いに等しい」という命題であったが、ここで使われているのはこの逆だ。命題の逆は必ずしも真とは限らないため、論理的には正しくない。
だが、ユークリッドがそのことに気づかなかったとは思えない。というのも、『原論』ではある命題を証明した直後に、その命題の逆を証明することがよくあるからだ。ユークリッドは、命題の逆が真とは限らないことを重々承知していたと思われる。ではなぜこんなことが起こったのかというと……正直わからないが、公理7には「互いに重なるならば互いに等しい」という意味だけでなく、「互いに等しいとは、互いに重なることである」という定義としての意味もあるのかもしれない。そうだとすれば一応辻褄はあう。

ところで第1巻の「定義」のページでは、「三角形」とは書かずに「三辺形」と書いていた。これは、参考文献である『ユークリッド原論』がこのような書き方をしているためだ。ではなぜ参考文献でこうなっているかというと、参考文献が訳出したハイベルグ版『原論』に付されているギリシャ語原文でそれぞれ別の単語が使われているからだ。「定義」の項ではτριπλευρονと書かれているが、今回の命題ではτριγωνονと書かれているのである。この二つの単語を訳し分けた結果、このようになったらしい。

ではなぜユークリッドはこの二つの単語を使ったのだろうか。これは、『原論』が「当時出ていた複数の数学書を編纂したものだから」だと考えられている。よく知られているように、『原論』の内容はユークリッドが考えたものではなく、当時すでに知られていた事柄を再編集してまとめたものだ。その際、参考にした文献の文章をそのまま書き写したため、このような単語の差異が生じているのではないか、と考えられているようである。

ユークリッドの書いた『原論』の原典は既に失われているし、ユークリッドが参照したであろう数学書も残っていない。現代に伝わっているのは写本だけなので、もしかしたら原典では同じ単語だったのに、書き写す際に間違われたのかもしれない。誰がいつ書き写してどこをどう間違えたか(あるいは意図的に書き換えたか)という疑問は大変興味深いもので、それを熱心に調べている研究者の方々も古今東西に存在する。

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